16世紀~18世紀の間、西欧諸国がどのようにアジアへ侵略していったか、その過程を眺めてみたい。

まず16世紀にスペイン・ポルトガルが海外進出をしました。スペインは、西回りで新大陸を発見し、大陸侵略に精を出し、ポルトガルは、アフリカ大陸南端の喜望峰を回る、つまり東回りでアジアとの貿易を獲得します。

未開の文明を相手にして殺戮・略奪を行い、やすやすと金銀黄金を強盗したスペインとは違い、ポルトガルの相手は、大アジアでした。そこには、それまで西欧 を全く寄せ付けなかった大文明圏が厳然としてありました。 それは、ムガール帝国(インド)と清(中国)です。 この二つの帝国は、それぞれ帝国とその周辺国を支配し、確固たる秩序を保っていました。

ポルトガルは、頭を下げてお願いし貿易をさせてもらったのです。それでも本国に莫大な利益をもたらしました。ポルトガル海上帝国というのは、今のマレーシア、インドネシア辺りの港になりそうな一地域を点々と侵略し、拠点として貿易をしていただけなのです。
この時代、アジアは西欧文明を全く必要としていませんでしたが、西欧にとってアジアの物産は、次第になくてはならないものになってくるのです。香辛料、 絹、陶磁器、茶、生糸。反対に西欧には、アジアの人たちが欲しがる魅力的な物はなにもありませんでした。この片貿易はずっと後まで続き、西欧の暴力の原因 になる。

17世紀になると、オランダがアジアに進出し、ポルトガルを駆逐し、東南アジアの香辛料を独占します。 18世紀に入ると真の二大強国フランスとイギリスが、北アメリカとインドとを舞台に激しい闘争を繰り広げながらアジアになだれ込んできます。

ムガール帝国というのは、チンギス・ハーンの世界制覇で出来た国で、現在のインドのことです。この頃には、ムガール帝国も次第に列強に侵食されはじめます。

イギリスとフランス、この二つの強国は、ヨーロッパ本国でも戦争を同時にしています。貿易で儲けた利益は、その殆どが戦費に費やされ、戦争を継続する為には利権を勝ち取らなければならないという悪魔のスパイラルに陥っているのです。


余談ですが、フランスは、かわいそう。ムガール帝国で会社を立ち上げ、交易をしていたところへイギリスが後から来てケンカを売られ、負けて撤退し、北アメ リカ(カナダ)でも、決戦を挑んだのですが、負けて撤退。今度こそはとのぞんだアフリカ争奪戦では頑張って一番いっぱい領土を取った(やったー)けれど、 残念なことにほとんど砂漠。しかも内陸。海沿いのいい所は、やっぱりイギリスに取られてしまって。 ほんと悔しいなぁ、フランスは。

フランスという国は、自由・平等・友愛の革命精神があるからでしょうか、植民地政策なんかにしても先住民に教育機会を与えたり、参政権を与えたりして、同じ列強でもイギリスなんかとは随分違って比較的いい国だったんですが。


新大陸、アフリカ、太平洋の島嶼国などの未開地域に対しては、当初から領土的侵略をしてきましたが、アジアへのそれは、18世紀も半ば過ぎ頃から始まったのでした。

アジアは、地域・地帯をまとめる大国が秩序を造りだして平和を生み出すことが出来ていました。
しかし、ヨーロッパは、狭すぎる地帯に、幾多の民族国家が互いに覇権を競い、国家存亡の戦争・外交を何世紀もの間続けてきたのです。

平和と安定した秩序と、国家の生存を掛けた戦争と混乱との異なった数世紀の経過、つまり戦争と平和という環境の差、言い換えれば、競争と平等、資本主義と社会主義みたいな動と静が、文明の進化発展にどうにもならない格差を生んだということなのでしょうか。





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